9つの混乱事象が示した、ひとつの明確な教訓:「変動」は新たな常態

ここで、じっくり受け止めるべき数字があります。ホルムズ海峡の閉鎖から16週間が経過した時点で、サプライチェーンネットワーク上では96,200件を超える輸送ルート迂回を記録しました。そのうち第16週だけで前週比29%減少しており、これは今回のデータセット全体を通じて最も大きな週間減少率です。これは、ネットワークがようやく安定化へ向かい始めた最初の明確な兆候と言えます。その理由はシンプルです。物流ネットワーク全体のルーティングがようやく混乱に追いつき始めたためです。

project44は、この変化がデータ上で形成されていく様子を数か月にわたり追跡してきました。例えば、インド・ナビムンバイ港の輸入滞留日数は、一度も減少することなく毎週増加し続けています。5日だった滞留期間は20日にまで延び、貨物は次の輸送工程へ進むまで、以前よりはるかに長い期間港湾内に留まっています。また、アラブ首長国連邦・ジェベルアリ港では本データセット中で最も多い15,944件の貨物が他港へ振り替えられました。その大半はホール・ファッカン港が受け入れています。一方で、対照となったのはオマーンのサラーラ港です。初期段階で同様に貨物が急増し、貨物滞留日数は最大36.6日まで上昇しました。しかしその後は17.5日まで改善し、現在も低下傾向が続いています。

実はこのような状況は過去にも見たことがあります。今回とまったく同じ出来事ではありませんが、現れるパターンは非常によく似ています。

過去3年間を振り返る:相次いだサプライチェーン混乱

2025年11月、project44は、サプライチェーンの不確実性は、一時的な混乱ではなく、恒常的な「混沌(Chaos)」へと変化したと提言しました。つまり、サプライチェーンの変動は「時折発生する混乱」から、「常に混乱を前提とした状態」へと移行したということです。project44では、この新たな状況を「Never Normal(決して平常には戻らない世界)」と表現しました。この結論は、直近3年間に発生したさまざまな事象を分析した結果に基づいており、以下のような出来事が含まれています。

紅海危機/フーシ派の攻撃
紅海危機は2023年11月に始まり、キャリアは喜望峰回りへの迂回航路を余儀なくされました。その結果、アジア〜欧州の輸送日数は10〜14日延び、スエズ運河の通航量は2年間にわたり通常水準を下回る状態が継続しました。仕向け港での貨物滞留時間も増加し、ロッテルダム港では一時、危機前水準を56%上回る増加に達しました。

パナマ運河の干ばつ
歴史的な干ばつにより、運河通航可能量は1日あたり36隻から24隻へ下がり、さらに18隻まで減少し、その後2024年にキャパシティは回復しました。輸送量(Volume)だけを見ると比較的安定しているように見えましたが、港湾滞留時間は急増し、荷主は規制開始前に貨物を前倒しで出荷していました。つまり、本当のシグナルは輸送量(Volume)ではなくタイミングに現れていたのです。

ボルチモア橋の崩落
2024年3月に米国のフランシス・スコット・キー橋が崩落しました。すると、ボルチモア港のコンテナ物流は事実上停止しました。4月のコンテナ取扱量(TEU)は崩落前の状況と比較して99%減少し、多くの貨物が米国東海岸の他港へ振り替えられました。

ILA(国際港湾労働者協会)港湾ストライキ
2024年10月に米国の複数の港湾で起こったILA(International Longshoremen’s Association)による港湾ストライキは3日間しか続きませんでしたが、影響ははるかに長く続きました。荷主はストライキ前に貨物を前倒しし、さらに2025年1月の交渉期限前にも再び貨物を前倒し出荷したことで、結果として物流量が大きくゆがむ波が2度発生しました。

ハリケーン「ヘリーン」と「ミルトン」
2024年秋、米国南東部をわずか2週間の間隔で2つの大型暴風雨が相次いで襲いました。港湾閉鎖そのものは一時的でしたが、それでも出荷は減少し、地域全体の物流には短期間ながら大きな混乱が生じました。

2025年・2026年の関税、サイクロン群、貿易シフト
「解放の日」と呼ばれた相互関税政策は、国際貿易フローを短期間で大きく組み換えました。英国・インドFTA(自由貿易協定)の締結も、貨物前倒し出荷を引き起こしました。東南アジアでは連続してサイクロン群が発生し、港湾取扱量自体は大きく変化しなかったにもかかわらず、内陸の貨物輸送にはには申告な影響が生じました。そして2026年のホルムズ海峡封鎖では、単一のチョークポイント(物流上の要衝)が、いかに短期間で世界全体へ影響を波及させるかが改めて明らかになりました。

そして今、私たちはまた別の重大な出来事のただ中にいます。しかし、過去3年間を一歩引いて振り返ると、より重要な事実が見えてきます。9つの異なる混乱。原因はすべて異なり、発生地域も異なり、深刻度も異なる。それにも関わらず、ほとんどの場合、物流ネットワークが前回の混乱から十分回復する前に、次の混乱が始まっていました。

これは単発の出来事ではありません。ひとつのパターンなのです。そして、それこそが新たな常態「New Normal」です。

データが示している3つのこと

1. 混乱は順番に発生してはくれない

ホルムズ海峡封鎖が始まった時点でも、紅海危機によるスエズ運河の通航量低下は、すでに2年間続いていました。関税政策による太平洋航路の再編が進む中、東南アジアではサイクロン群が積出港を直撃しました。ILAストライキ問題がようやく収束したと思った矢先に、「解放の日」関税政策が発表されました。

これらの出来事のどれ一つとして、次の混乱が始まる前にきれいに解決したものはありません。物流ネットワークはこの数年にわたり、複数の混乱を同時並行で継続的に吸収し続けてきたのです。そして、その複合的な影響こそ、多くのサプライチェーン計画モデルが想定していないものでした。

2. 輸送量が正常でも、物流は正常とは限らない

パナマ運河ででは地域全体のTEU取扱量は維持されていました。しかし、港湾滞留時間は18%急増しました。東南アジアのサイクロンでも港湾取扱量はほぼ横ばいでしたが、出発地での貨物滞留時間は7%増加しました。ILAストライキ前に発生した貨物出荷前倒しも、月次のコンテナ取扱量にはとんど変化が現れませんでした。しかし実際には、約6カ月にわたる在庫バランスの歪みを引き起こしました。

港湾取扱量は、最もよく利用される物流KPIです。しかし、それだけでは貨物に実際何が起きているのかは分かりません。より正確な指標は貨物滞留時間(Dwell Time)です。貨物滞留時間は、船舶が到着したかどうかではなく、物流ネットワークが自社貨物にどのような影響を与えているかを直接示してくれます。

3. 予期された混乱が、現実の混乱を生む

パナマ運河、ILA交渉、英国・インドFTA、そしてホルムズ海峡閉鎖前に見られた湾岸地域での滞留時間増加。これらはすべて同じことを示しています。サプライチェーンは、実際に起きた出来事だけでなく、「起こると予測された出来事」に対しても反応するということです。

荷主は制限が始まる前に貨物を動かしました。ストライキ前に数量が急増しました。港湾滞留時間はすでに上昇し始めていました。つまり、状況が確定してから行動していては、すでに手遅れなのです。

Never Normalの環境では、対応を開始すべきタイミングは、従来のサプライチェーン計画が想定しているよりも、はるかに早く訪れます。

意思決定インテリジェンスこそが、新たな常態でのサプライチェーン運用の鍵

過去36か月間に発生した9つの異なる混乱を振り返ると、サプライチェーンにおける変動は、もはや一時的な現象ではなく、構造的な問題となっていることは明らかです。むしろ、それだけでは実態を十分に表現しきれていません。

36か月という短期間の間に、パナマ運河の干ばつ、橋梁崩落事故、3日間の港湾ストライキ、立て続けに発生した2つの大型ハリケーン、複数国にまたがるサイクロン群、大規模な関税制度改革、二国間FTA、ホルムズ海峡閉鎖。これらすべてが重なることを前提に設計されたサプライチェーン計画モデルは存在しません。

では、精度の高い需要予測さえあれば、これらの混乱を乗り越えられたのでしょうか。そうではありません。

もはや問われるのは、「予測の精度」ではなく、混乱が発生したときに、混乱をいち早く捉え、どれだけ迅速に意思決定し、適切な対応実行へとつなげる能力です。この期間をより適切に乗り越えた企業は、単に予測精度が高かった企業ではなく、混乱への対応を人による勘だけに頼らず、データに基づいて迅速に意思決定し、必要なアクションを実行できる仕組みを備えていた企業でした。

これが、実務における意思決定インテリジェンスの意味です。混乱をより速く可視化するダッシュボードにとどまらず、何をすべきかを判断し、担当者が状況を把握している最中にも、必要なアクションを自律的に実行できるサプライチェーンの仕組みです。

新たな常態において、これは競争優位性ではありません。企業が備えているべきビジネスの最低条件(Baseline)なのです。